高橋文彦ゼミは、台風一過の9月10日(火)から13日まで、アメリカ合衆国グアム島へ海外研修旅行にでかけました。

もちろん、これは単なる観光旅行ではなく、日本の占領下に「大宮島」と呼ばれたこの島に残る戦跡や博物館を訪れることによって、「われわれが忘れつつある記憶を取り戻し、過去と現在のあいだの回路を修復しようとする、小さな試み」(山口誠『グアムと日本人』)でもありました。

1日目(9月10日)

夕方、ホテル到着後に勉強会を予定していましたが、入国審査になんと2時間以上(!)かかってしまい、この日は断念。一緒に近くにコーヒーショップで夕食を取りました。
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宿泊先は、オンワード・ビーチ・リゾートという大きなホテル。
翌朝、そのプールサイドを歩いて驚きました。そこには旧日本海軍の短20センチ砲が2門あったからです。
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2日目(9月11日)

この日は、グアム観光の要所を巡る半日バスツアーに全員参加。

フィッシュアイ海中展望塔→太平洋戦争国立歴史記念館→ガーンポイント(太平洋戦争国立歴史公園)→スペイン古橋・マゼラン上陸記念碑(車窓から)→ソレダット砦→アサン展望台(ニミッツ・ヒル)というコースです。

太平洋戦争国立歴史記念館(T. Stell Newman Visitor Center)
日米の激戦地だったアサン海岸にある記念館。
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日本軍に対して不服従を貫き斬首されたドュエナス神父(Father Jesus Baza Duenas)や、神父や島民に助けられて潜伏を続けた米軍の通信兵トウィード(George Ray Tweed)に関する展示もありました。
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ガーンポイント(Ga'an Point)
やはり激戦地のひとつで、太平洋戦争国立歴史公園に指定されています。
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ここにも旧日本軍の短20センチ砲が海に向かって据え付けられていました。
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また、近くには96式25ミリ高角機銃が海に向かって設置されていました。
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ガイドさんの説明によれば、ここの日本軍守備隊(第38連隊第1大隊)には20代の若い兵隊が多く、全員が戦死したとのことです。

アサン展望台(Asan Overlook)
アサン湾を一望するニミッツ・ヒル(Nimiz Hill)にある展望台。
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この一帯も太平洋戦争国立歴史公園に指定されていて、建造物の壁にはめこまれた銅板には、戦時中に亡くなったアメリカ人と先住民チャモロ人、そして日本軍によって強制収容所に入れられたチャモロ人の名前が、びっしりと刻まれています。
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また、日本による占領前後のチャモロ人を描いたレリーフが3枚あり、1枚目が日本軍による「攻撃(attack)」、2枚目が日本軍による「占領(occupation)」、3枚目がアメリカ軍による「解放(liberation)」と題されています。

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(つづく)