9月20日、気候変動(地球温暖化)の問題をアッピールする世界規模での子供や若い世代による大規模なデモ,ストライキが行われたことをご存じでしょうか。子供が学校の授業を欠席して、政治的指導者に早急に気候変動対策措置をとることをデモでアッピールしたようです。

アメリカの三大ネットワークの一つCBSもネットで特集サイトで報じています(リンクは事前許可が必要のようで、タイトル名で検索お願いします)。
ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコなどのアメリカの都市だけでなく,ロンドンやベルリンなどの先進国の主要都市、途上国でも同様のデモがあったと報じられ、バヌアツ、キリバスなどの海面上昇の危機にさらされている諸島国の子供の声なども掲載されています。
IMG_3478-3-1024x768
サンフランシスコの様子が下記リンクから読めます。
Legal Planet: Teach Your Parents Well - A view from the Youth Climate Strike in S.F.

オーストラリアでも30万人の子供、学生がストライキに参加したとのことです。

気候変動は、過去及び現在の人間活動が現在及び将来の人類・環境に損害を与える、緩慢な「不法行為」といえ、被害者になる子供が加害者ないしその承継者世代である現在の政治的指導者に対応を求めるのはある意味自然なことでしょう。
IMG_2378縦
以前このブログでファーバー先生のブログ記事を紹介しましたが(気候変動と将来世代)、その主旨は、気候変動の被害者はあなたの子供や孫だ、というある意味当たり前で、とても重要な指摘でした。

明治学院の教育理念「Do for others」は、聖書「マタイによる福音書」新共同訳7章12節「だから、あなたが人にしてもらいたいと思うことはなんでも、あなたがたもひとにしなさい」が出典として引かれています。何が「だから」なのか。同9節〜11節にこの規範の理由が書いてあります。一部を引用します。「あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている」

緩慢で見えないこといいことに、自然科学の知見を無視する傲慢さはどこから生まれてくるのでしょう。
自分の子供の真摯な声に耳を傾けることができるか、私達の人間性が問われているのではないでしょうか。